昔、むかしのお話です。
国分の薬師様(やくしさま)の境内(けいだい)に大きな白椿(しろつばき)があって、毎年白い花をたくさんさかせていました。薬師様の境内の下には、大山街道(かいどう)が通っていて、大山まいりの旅人(たびびと)などでにぎわっていましたが、白椿がさくと、街道を行く人たちは思わずその美しさに足を止めてみとれるのでした。
このころ、日がくれるときまって薬師様の前にあるの茶店(ちゃみせ)に一人の美しい娘(むすめ)があらわれました。すっきりとした黒髪(かみ)、きめこまやかな肌(はだ)にうすいすずやかな着物を身につけ、なんともいえぬよい香り(かおり)をただよわせて気品(きひん)にあふれていました。
この娘がどこのだれか知る人はいませんでした。そして、娘は茶店で一ぱいのお茶をのんで休むだけでしたが、ふしぎと娘が立ちよる店はさかえていくのです。
しかし、白椿の花がみんなちってしまうころになると、ぱったり娘も来なくなってしまいます。
ある年の春、あの娘がまたあらわれると、もの好きな若者が、そっと後をつけました。しかし、薬師様の石段(いしだん)の途中でぱっと姿が消えてしまいました。そこで、次の日は針(はり)に長い糸をつけておき、娘にいいより、さりげなく着物のたもとに針を通してそしらぬ顔で別(わか)れました。
つぎの日の朝、その糸をたどってみると糸は薬師様の白椿の梢(こずえ)高く続き、針は一枚の花びらにつきささっていました。「さては娘は白椿の精(せい)であったか」と大評判(だいひょうばん)になりましたが、それっきり娘は二度と姿をあらわすことはなかったそうです。
今も同じ場所に椿がありますが、その椿が伝説(でんせつ)を生んだ椿なのか、あるいはその子孫(しそん)なのかはさだかでありません。
(こどもえびなむかしばなし第1集より)
|
大正時代の薬師堂(やくしどう)
|