三島神社の大蛇
(ひころくだぶ)

 むかし、下今泉の鶴松(つるまつ)に彦六(ひころく)というはたらき者で親孝行(おやこうこう)の若者(わかもの)が住んでいました。

 年の暮れのある日、彦六は正月用の門松(かどまつ)を切りに、鳩川(はとがわ)のちかくの松林へ出かけました。
 その日は、買ったばかりの新しいナタを持って行き、手ごろで形のいい松をさがして歩きました。なかなか適当(てきとう)なものが見つかりません。ふと、ふりかえると、さっき見たはずのあたりにすばらしく形のいい松が立っているではありませんか。「おかしいなあ、さっき見たのに」と思いながらもその松を切ろうとナタをふるいました。ところが、カチーンと金物(かなもの)をたたくような音がして、ナタははねかえされ、川の中へ飛んでいってしまいました。

 川に落ちたナタが惜(お)しくて彦六はつめたい水の中に飛びこみました。いちばん深いところまでもぐってさがしていると、川のそこにとてもきれいな女の人が立っているではありませんか。その人は彦六の顔を見てにっこり笑い、
「どうしてここへいらっしゃったの?」とたずねました。彦六がナタのことを話すと
「ああ、それならうちの女中(じょちゅう)がさっきひろって来ました。うちへいらっしゃい」と彦六を自分の家へあんないしました。

 美女の家へつくとびっくり。今まで見たこともないようなりっぱな御殿(ごてん)です。美女が手をたたくといろいろなごちそうを運んできました。

 あまりに居心地(いごごち)がいいので、彦六は三日三晩そこでやっかいになってしまいましたが、「家では心配しているだろうなあ。今までだまって家を空けたことはなかったんだから」と、そろそろ家のことが心配になりました。

 美女はすぐ彦六の気持ちを知って「あなたはお家が恋(こい)しくなったのでしょう。むりにおひきとめはしません。記念に私が大切にしている文箱(ふばこ)をあなたにあげます。この箱には”すずめの空音(そらね)”という宝(たから)の玉が入っています。私に会いたくなったら、この玉をふってください。世間のようすが知りたければこの玉が話してくれます。またこの玉を通してすずめと話すこともできます。でもこのことはぜったいに秘密(ひみつ)にしてくださいね」と、きれいなその箱を彦六にわたしました。

 さて、地上ではすでに三年の歳月がたっていました。彦六が家の中へ入って行くと、家の人たちは幽霊(ゆうれい)ではないかとおどろきのあまり声も出ないほどでした。しかし、彦六が本物であることがわかると大よろこびしました。

 そして、彦六の話を聞いているうちに、おみやげにもらってきた文箱(ふばこ)の中身を知りたくなりました。「中をあけて見せてくれ」とせまりますが、彦六は美女とのやくそくを思い出してことわります。しかし、家の者があまりにしつこいので、とうとう箱をあけてしまいました。

 すると空は急に黒い雲におおわれ、ものすごく大きな雷(かみなり)が鳴り出し、彦六も箱もいっぺんに消えてなくなりました。

 その夜、みんなは同じ夢(ゆめ)をみました。それは天女のような美女に彦六が手を引かれて、空高く雲の彼方(かなた)へ飛び去っていく夢でした。
                (こどもえびなむかしばなし第1集より)










彦六だぶのようす