昔むかし、あつい夏の日のことです。よごれた衣(ころも)を身にまとい、やぶれた笠(かさ)をかぶり、右手には独鈷(どっこ)と呼ばれるつえを持ち、左手には数珠(じゅず)をかけたみすぼらしいお坊(ぼう)さんがどこからともなくやってきました。
このお坊さんは、あちらこちらの家の門のまえに立ってはお経(おきょう)をとなえ、お米やおかねをもらっていました。強い日ざしと熱気の中を歩きまわったので、さすがのお坊さんも、のどがからからにかわいてしまい、お経をとなえる声もしわがれ声になりました。
そこで、通りかかった村はずれの家にやってきて、そこに住むおばあさんに、汗(あせ)をふきふき「どうか水をいっぱいめぐんでくだされや」と、お願いしました。すると井戸のほうからやっってきたいじわるなおばあさんは、「うちにゃあ、水などありゃしないよ」と、ぶっきらぼうになさけもかけずにことわりました。
「なけりゃいいさ」と、お坊さんは持っていたつえで「えい!」と地面をつくと、ふしぎなことに水がぼこぼことふき出しました。お坊さんは、両手でその水をすくって、おいしそうにごくごくと飲みました。
その後、その場所からはたえることなく、清水がいっぱいわき出るようになりましたが、いじわるなおばあさんの井戸からは、ぱったり水が出なくなりました。
このお坊さんこそ、あの有名な弘法大師(こうぼうたいし)だったのです。井戸の名は弘法大師様のつえにちなんで「独鈷(どっこ)の井戸」または、「弘法様の井戸」と呼ばれ、今も上今泉(かみいまいずみ)の常泉院(じょうせんいん)にあります。
(こどもえびなむかしばなし第2集より)
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